美の脇役 二五
瑞 泉 寺 十八曲がりの石段 
鎌倉駅の東、鶴岡八幡宮。その奥の大塔の宮の石窟。さらにその奥の瑞泉寺にかけての地方や、かって鎌倉幕府の中心地であった。
戦争前の瑞泉寺は、まったく荒廃した一つの山寺に過ぎなかったが、戦後の今日、観光ブームの鎌倉を中心にした湘南の地、荒れ果てた山寺の瑞泉寺も、
フンワカフンワカとブームの余波を受けてきた。
そこで山寺のモダン和尚さんは叡智を(えいち)をしぼって、ウメの名所と銘を打って見たが、季節が過ぎれば、モトのモクアミ。そこで普茶料理と。
この考案は―偈(かつ)―仏様も人もウマイものはお好きで、ヒット・エンド・ラン。
なによりすばらしいのは、ささやかな本堂の裏の座禅窟と開山堂の間から、裏山へ登る十八曲がりの石の細道≠ナある。
それは山ハダに現れた大きな岩を開いて岩壁をつくり、その下にきざんだ二尺幅ぐらいの石階を登る-----。石段はやわらかい鎌倉石だから六百年を経て恐ろしく摩滅している。
石階がつきると、山地に根を張った樹の根が木階となり、くぼみにはシイやクヌギの枯れ葉が積もっている。その山路の風情は、かつてできていたものが、今はワビて
いる風情はまさに満点である。
同じ夢窓国師の造園にかかるという京都西郊の苔寺(こけでら)で名高い西芳寺の裏山の風情よりも、荒れはてているけれど、僕は瑞泉寺の十八曲がりの石の細道≠とる。
頂上の「?界一覧亭」の前に立てば、鎌倉全市と鎌倉山を見下ろし、その上に富士山が見えるわけだが、それは晴れた日和(ひより)でなければならぬ。そこから山の尾根を伝って、建長寺・北鎌倉にぬける山道はこれまた散歩に好適である。
(画家 里見 勝蔵)
瑞泉寺(ずいせんじ) 瑞泉寺は鎌倉市二階堂紅葉ケ谷にある。日本臨済禅の黄金時代をつくるのに力のあった夢窓国師が、嘉暦二年(一三二七)に二階堂に瑞泉院を建てた。これが瑞泉寺のもとになった。たびたびの兵火にあって、昔のおもかげをいちじるしくうしなっているが、昔の名園の地形はかなり保存されている。かっては十か寺をこえる塔頭(たっちゅう)があったともいうが、その跡もいまはよくわからない。江戸時代には徳川光圀がここに閑居したこともあり、幕末には吉田松陰がいたこともある。いまは古い建て物はなにも残っていない。