美の脇役 三〇
 東 大 寺 鐘 楼
 簡 素 な 量 感  

 東大寺境内の往来する観光客のなかに、一だんと高い鐘楼がそびえている。しかし、大仏さまを拝観するのがすべての奈良旅行者の目的の一つであってみれば、 たとえ寺の境内を歩いていても、そこらあたりの建物が、大仏殿でないかぎりは、いっこうに注意されないのが現状であって、 したがって鐘楼のごとき、往々にして軽く見すごされがちなのである。しかもこの鐘楼は、西にすぐ大仏殿、 東にいまも観音信仰が生きている二月堂という著名なお堂をひかえてちょうどその中間の参道に位置しているから旅行者の心理は、 しぜんとどちらかへ先を急ぎたくなるらしく、奈良観光コースの絶対的な地点にありながら、実はじっくりと立ちどまり、身を入れて仰ぎ見ようとはしないようである。 ただそこに釣られている天平の大鐘だけは、高さがいくら、重さがいくらなどと、名所案内人も自分の鐘のように自慢しながら説明するから、 これはどうやら人々の旅行印象に残るようだ。それにしても「さすがは世界一の大仏さまにふさわしい大鐘です」と、

すぐ大仏さまの引き立て役に利用されてしまって、しょせんは、すべて大仏と大仏殿の巨大性のかげにその存在が軽んじられていく。  ところがある日の夕方近く、ようやく人波去ったここ鐘楼のかたわらに立ってみて、ガッチリと組み立てられた建物のあまりにも豊かな量感に、 われながら今さらのように驚き入ったことがあった。そのたたずまいは決して派手でなく、 部分の装飾にしても天竺様(てんじくよう)の独特な繰形(くりがた)が大味なタッチで施されている程度で、むしろつつましく控え目がちなのだが、 それなればこそかえってその堂々たる圧倒感が生かされて来る。重さ四十五dもある巨鐘に釣り下がられてもビクともせぬ頼もしさが、さすがに、この建造物全体の風格となっている。  いしてみれば、大仏と大仏殿の名声がいかにあろうと、鐘楼よ、お前はそれで十分東大寺の有力な脇役であり、巨大なるものの説明役でもあるのだ。鎌倉時代再建・国宝建造物。
    (奈良県嘱託・松本楢重)