美の脇役 三一
曼殊院門跡の梟の手水鉢 さ り げ な い 香 気 
ここ比叡の山すそ、修学院の離宮を右に折れ、なだらかな坂の小径(こみち)をたどる。明るくて清潔、気品さえそなえた、 たたずまい。いつの日もあきることなく楽しい。この南、うねった土塀、さびた石垣を長く見せて、曼殊院がある。由緒(ゆいしょ)ある門跡だろうが、いささか荒れて、寒々しい感じ。 といっては失礼だが。 つつましく、もの静か、人の気配もまばらであって、案内をこう、鐘の音が、俗塵(ぞくじん)をはらってくれるようでもある。何よりも大きな車の入らないのがうれしい。 せめてここばかりはそっとして置きたい気持ちがする。古跡にはさりげない香気も古人をしのぶ余韻もほしい。これらをみたしてくれるのがここ曼殊院ではなかろうか。 いくつかの部屋を過ぎて広くひらけた南の庭のかたすみに見える梟(ふくろう)の手水鉢。 フクロウといえば、いろんな伝説をもつ、あまり喜ばれない悪鳥のようであるが、ホイホイ、ホクロ、ホーホー鳥、ノリツケホウシ、ゴロスケ、ゴロスケ、ホロツク等々、 こんな方言をひろってみると、とぼけていて親しみ深い。 何だか、なまけ者を代表しているようでもあって、銭つかいの荒い夜遊びの道楽息子にもたとえられこんなところが悪鳥呼ばわりされる原因かもしれない。 他愛のない昼寝の姿など、何ともほおえましいのに---このフクロウ、水がほしいのか、うつる月を求めてか、大きな目玉で
足元でも照らしてやろうというのか。満たされた杯を月ごと飲みほす好々爺とも見えようし、愛らしい童(わらべ)の姿とも見られよう。格式高い曼殊院のユーモア、人はどこかに気持ちのほぐれを求めたいのである。
このさりげない、見すごしそうな、ささやかな存在こそ見なおしたいし、楽しさも一層といえよう。これは私のひとりよがりでもなさそうに思う。
めまぐるしい日々の寸暇をさいて、ホーホー鳥にほおえむのも、あながち、無駄なこともなかろう。
(美術工芸家・佐野猛夫)
曼殊院 京都市左京区修学院一乗寺竹ノ内町にあり天台宗に属する門跡寺院。天暦年間(九四七―九五六)に北野神社の別当職となったことあり、
文明年間(一四六九―一四八六)からは法親王が住持となり、竹の内門跡といわれた。天仁年間(一一○八―一一○九)に忠尋大僧正が寺号を曼殊院と改めた。
最近、小書院と八窓茶屋が重要文化財に、小堀遠州好みの枯山水庭園が名勝に指定され、また昭和二十八年、アメリカの日本古美術展に出陳された寺宝の絹本着色黄不動像は帰国後、
新国宝となった。色紙墨書古今集も国宝である。ふすま絵は狩野探幽の筆とつたえられている。小書院の廊下にあるふくろうの手水鉢は、ここに月をうつし、
その反射の光をうまく利用して、暗い書院のあかりとしたといわれている。