美の脇役 三
飛 鳥 の 猿 石 ユーモラスな奇怪の美 
一九五一年イギリスのエベレスト探検隊が雪男の足跡を発見した。それを見ると類人猿よりはるかに人間に近いといわれネパール政府は雪男を殺してはならないと、政令を出した。これははたして人間か猿かという論争が起こったのである。
人類学者にいわせれば脳の構造上の進歩はなく働かし方に進歩があるというが、この雪男に匹敵するものを、もし日本に求めるならばこの飛鳥桧隈の辺りは古墳群が密集し、石舞台、菖蒲池古墳、鬼のまな板、鬼の雪隠、亀石、石棺などがいたる所に見出されて歴史の白い幽気がさまざまな幻想を描く、身ぶるいするような湿った地帯である。しかもこのあたりは仏教伝来前後の外来文化の巣窟ともいうべき所、ここにこの奇怪雄渾な石人像がある。折口信夫これを推賞し、岡本太郎も魅せられたこの猿石は、ある者にはユーモラスな怪奇美の始源であるといわれ、ある者には仏教渡来以前の、つまりいまから二千年前の原始芸術の姿であるともいわれ、さまざまな問題をなげかける一個の造形である。とりどりの議論はべつ
として、この桧隈(ひのくま)のおにいちゃんの不思議な大きい口もとにただようあの微笑は、古き日本のモナリザでもあり、否そんな古風な形容をしなくても、大阪ミナミT百貨店の三階で冴えた包丁をふるっているT氏にも似ていると先日名物のオランダ巻をほおばりながら、ひそかに鑑賞させていただいた。
この猿石は全裸で有名。いずれにしても、ものすごいへんてこなものがもつすさまじさ。
(奈良学芸大教授 寺尾 勇)
桧隈石人猿像 近鉄橘駅にほど近く、天武、持統両天皇を合葬した桧隈大内陵がある。このあたり、いわゆる万葉集の桧隈である。吉備媛王の墓にこの石人猿像がある。伝来年代などは不明であるが、おそらく仏教渡来前後に造られた黎明日本のおもかげであろう。ただ陵墓内にあって、宮内庁管轄のため、庶民がたやすく見られないのがそのあり方としておしまれる。いずれにしても日本古代美術史上の疑問符である。