美の脇役 二
飛 鳥 の 亀 石
 低姿勢で世相をにらむ
 

 むかしむかし、大和平野がまだ湖水であったころのことか、あすかの川原と当麻との間にけんかがはじまった。当麻の主は蛇で、川原の主は鯰(なまず)である。角力の時は(相手は違うが)当麻の蹴速(けはや)のまけとなるが、この時は当麻方が優勢で、川原の反撃も効なく、とうとう負けとなり川原の水はすっかり当麻の方へとられてしまった。ここにあわれをとどめたのは川原に住んでいたたくさんな亀で、水がひくとことごとく死滅した。これを見た村人たちは、かわいそうな亀たちの霊をなぐさめようとて亀の像を刻んで供養した。もとこの亀は東を向いていたが、その後、世相によって向きを変える。今は南西を向いているが、もし西向きになったならば、大和盆地はたちまち泥海となるであろうと。  これは、大和国は高市の郡明日香村橘寺の西方、旧岡寺街道のそばにある「お亀石」にまつわる伝説である。  高さ五、六尺もある大きな石で、話はおもしろいが、自然石に一寸細工を加えたくらいに思われ、あまり注意もしないでいたところ、昨年の三月、奈良文研の坪井さんから、お亀石の周囲を掃除したがおもしろそうだから見に来るようにと知らせて下さった。その日はさしつかえがあって出られなかったが、飛鳥巡りのついでに立ち寄って見てびっくりした。どうしてこれに気づかなかったのであろう。ただ目だけつくっているくらいに思っていたが、決してそのような半作品でないことがわかった。下面にも縦横に格子状の筋が彫ってある。側面(西方)から見ると、頭を造っていることがはっきりわかる。耳らしいものもあり、だれかに似ているような気がしてくる。甲の下に当たるあたりに一本の太い線がぐるっと一まわり彫ってある。これがきいてか、今まで亀に似た生まれ石ぐらいに見ていた大きい石は、実は豪快ともいいたい巨大な亀の甲羅(こうら)である。  この写真はかって見ないみごとな出来であるが、もう少し左へよると一層よく甲の感じが出る。足も尾も甲の下へひっこめ、わずかに頭を出し、低姿勢にな

って、じいっと世の中を見つめている。ことに驚いたのはまぶたと眉(まゆ)の線である。法隆寺壁画の菩薩にこういう線を見るが、むしろ興福寺の仏頭のそれに通じるといった方がよいかも知れない。全く偉大な芸術である。亀ではなく西遊記的な何かかもわからぬ。こうなるとワキではなくてシテか。 (大和歴史館嘱託・小島貞三)


飛鳥石造物遺品   
 近畿日本鉄道吉野線の岡寺駅を東へ行くと橘寺の手前(西方)の田の中にこの亀石がある。石質は花崗岩質の片麻岩。このほか飛鳥地方には益田岩船や鬼の厠(せっちん)、鬼の俎(まないた)、酒造石といった石造物遺品がある。これらは古くから大和めぐりの人々にふしぎがられて、いろいろといい伝えられている。